2026.02.27
絶望のなかでも笑顔を忘れない。
「多発性硬化症です」
退院3日前、医師から静かに告げられた。耳から言葉は届いているのに、頭の中には何も入ってこなかった。入院して以来、 “難病”という言葉が頭の片隅でいつもちらついてはいたが、それが自分に本当に降りかかるとは…どこか現実味がない。
「やっと病名がわかった」と思うのと同時に「ここから何が始まるんだろう」という、言葉にできない恐怖がじわじわと押し寄せる。アスリートとして10年以上。正直、自分の身体のコンディション把握には自信があったし、自分なりに丁寧に向き合ってきたつもりだった。 でも、この病気のせいで、たくさんの努力がいとも簡単に振り出しへと戻ってしまう気がしてきた。
「そろそろ帰れるかもしれん」と妻に電話をかけた
すると、明るい声で妻が一言返してくれた。
「子どもたちが、パパに会えるの楽しみにしてるよって」。
「ごめん、今の俺、正直…何もできる気がしない」
家族の励ましが嬉しかった。でも父親として、夫として、これからどう家族を支えていけるのか、それすらもわからない現状。フットサルのことを考える余裕なんて、まったくなかった。気づけば、自分の中にあった“自信”は、すっかり消えてしまっていた。
ずっと“守る側”でいたつもりだった自分が、突然“守られる側”になる。
それが、本当に悔しくて、情けなくて――
どうやってこの現実を受け入れればいいのか、わからなかった。
そんなふうにぐじぐじしている自分に、妻は語気を強めて言った。「今は楽しみにしてようよ!」
その後も、くだらない話で笑わせてくれた。強引なくらいに、前を向かせてくれた。実は妻自身も、心の中ではいっぱいいっぱいだった――そんなことを後から聞かされた。
家族の言葉が、どれだけ救いになったか。
孤独を感じる夜も、家族の声を思い出すだけで、少しだけ心が軽くなった。
この病気は治るのか、治らないのか?
わからないことだらけの中で、ただ一つ確かだったのは――
「一人じゃない」ということ。
絶望の中でも、ふとしたときに妻や子どもたちが笑ってくれた。
たわいないLINEや電話の一言が、心の支えになった。
その笑顔が、次第に自分の中にもちいさな灯をともしはじめていた。